町を挙げての復元工事が進む最上義光57万石の名城「山形城」

町を挙げての復元工事が進む最上義光57万石の名城「山形城」

東北屈指の戦国大名・最上義光公が出羽57万石の大大名となり築き上げた名城「山形城」。明治維新で廃城となり陸軍によって埋め立てられてしまいましたが、いま山形城跡では町を挙げての発掘調査・復元工事が行われています。巨大城門「二の丸東大手門」や「一文字門」の復元が進み、江戸時代の趣を取り戻しつつあります。山形で江戸を感じてみませんか。明治時代になって山形城を接収した陸軍によって山形城の建物は壊され、本丸や内堀は埋め立てられてしまいました。そして戦後は霞城公園として一般公開されていた山形城跡ですが、近年古絵図や古写真を元に当時の姿を完全木造復元する町を挙げてのプロジェクトが進行しています。その第一弾がこちら、昭和62年から約8年の歳月をかけて復元された「二の丸東大手門」は、山形城の顔とも言えるでしょう。当時日本最大の城郭だった「江戸城」の城門にも劣らないと言われたこの巨大城門は、復元以来 時代劇の撮影で使われることも多く、2014年の映画「超高速参勤交代」のラストシーンで湯長谷藩士たちがボロボロになりながら到着した江戸城門のシーンも、ここで撮影されました。門の中には映画撮影時の様子を紹介したパネルもありますよ。二の丸