大館城(別名:桂城)は天正10年(1582年)以前に浅利勝頼により築城されたとされている。
慶長7年(1602)、徳川家康の命により、常陸の国(今の茨城県)から秋田へ国替えとなった佐竹義宣に従い秋田入りした小場義成(義宣の従兄弟)が城主を務め、慶長15 年(1610) 正式に大館城代となった。義成を初代として、3代義房の時から佐竹姓を名乗るようになり、「佐竹西家」と称される。一国一城令の例外として存続を認められたもので、当時久保田、横手とともに秋田の城の一つと称された。
戌辰戦争(明治元年8月22日)で南