浪岡城跡

浪岡城跡

陸奥守・鎮守府将軍北畠顕家の流れをくむ北畠顕義が、15世紀後半に築いたと伝わる。浪岡御所と称される北畠氏は、16世紀に入ると大浦・大光寺氏と鼎立して勢威をふるった。だが、永禄5年(1562)に一族の川原御所北畠具信に9代具運が殺害されたのち衰運に向かった。天正6年(1578)10代顕村が大浦為信に浪岡城を攻略されて割腹し、浪岡御所は絶え、城も荒廃した。現在、城跡は国の史跡に指定され、平城の郭や堀・土塁・井戸跡などが残る。